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Project Logical Dream Phase-2:epilogue.

【5】

「フン。思ったより速かったようだな」
 辺太郎の拳を老体からは想像できない身のこなしで避けてから、ニムダと名乗った老人は苦々しげに言い放った。ニムダが居た場所には十数個の陥没が出来ている。辺太郎の「ハイパー・パイプライン・バースト」は、一瞬のうちに 20 発ものパンチを文字通り『叩き込む』技だ。空振りしたパンチが地面をうがったのである。
 避けられた拳を地面に突き刺したまま、辺太郎は顔をあげた。
「妹のダチを歓迎してくれたそうだからな。亜栖論がよ、頼んでもいない歓迎会を身内より先にやるなって言って聞かねぇんだ……っと」
 ボゴッと音を立てて拳を引き抜き、楽しげに不敵な笑みを浮かべて、辺太郎は言った。
 そしてその背後で亜栖論の使い魔ケイが、でゅろ子を拘束していた銀色の触手をその鋭利な翼で切り裂いていた。でゅろ子は開放され、亜栖論の腕の中に保護された。
「お兄ちゃん」
 亜栖論の腕の中で、でゅろ子が弱々しい笑顔を見せた。
「もう大丈夫です。残り 30% もすぐに取り返します」
 でゅろ子を離れた場所に横たえた。
「お兄ちゃん、あのニムダって人は……」
「詳しくは言えませんが、私たちの『敵』です」
 汗で額についたでゅろ子の前髪をかきあげてやると、亜栖論はニムダを振り返りながら立ち上がった。
「お兄ちゃん……」
 不安そうな顔を上げ、すがりつくような目ででゅろ子は亜栖論を呼び止めた。
「大丈夫ですよ」
 その声に、亜栖論は不敵な笑みを返した。鋭い笑みだったが、でゅろ子を安心させるには十分だった。
「あなたの兄はみな、誰にも負けないように設計されてるんですから」

※     ※

「あれは……」
 ディスプレイに映し出された老人の姿を見て、長宗我部が眉をひそめた。
「知ってるんですか? あのデジタロイドを」
「ちょっとな」
 見上げた和美の方を見ずに答えると、長宗我部は自分のデスクに戻って電話の受話器を上げた。内線の番号を押して相手が出るのを待っていたが、しばらくしてゆっくりと受話器を置いた。
 そして一息ついてから、長宗我部は和美の傍に走り寄った。
「まずいな。かなり話が大きくなってる」
 長宗我部は他の研究員たちに聞こえないような小声で耳打ちした。
「あぁ。もしかしたらここに『上』の連中が来るかもしれん」
「『上』?」
「A.M.D. の経営陣どもや。……ええか、和美」
 長宗我部は和美の視線まで身をかがめ、幾分か真剣さを含んだ目で言った。
「え?」
「向こうとこっちで音声のやりとりができない様にするんや」
「何故です?」
「上の連中とあのジジィがコンタクトを取るのは非常にまずい。せやから……」
 ゴゴゴゴゴ……。
 長宗我部が次の言葉を継ぎ足さないうちに、フロアの搬入用ドアが重々しい音を立てて開け放たれた。
「来たか」
 長宗我部は舌打ちした。
 入ってきた重役たちの中心に社長がいた。和美が見るのは A.M.D. への入社時面接以来になる。でっぷりと太った背の低い身体を揺らして、社長は長宗我部に向かってまっすぐに歩いてきた。
「ニムダが……い、いや、ニムダ様が現れたというのは本当か?」
「どこで聞きました?」
 質問には答えず、長宗我部は社長を見下ろして言った。
「答えろ。本当に現れたのか?」
 長宗我部と社長とは実はほとんど同期である。10年以上前は同じ開発部の所属だったが、技術的な有能さでは長宗我部が、政治的さでは現社長が優れていたため、それぞれ現在の地位に就いていると言われている。しかし現社長は、長宗我部の技術力と、権力に執着も平伏もしない態度、そして両者の身長差が気に入らないらしく、一方的に長宗我部を敵視している。
 長宗我部は暫く無感動な目で社長を見下ろしていたが、やがて軽くため息をついて口を開いた。
「ご自分でお確かめください」
 長宗我部は半身を引き、和美の座る端末への道をあけた。
 社長は無言で端末へずしずしと歩み寄り、和美の肩をつかんで半ば押しのけるようにディスプレイを覗き込んだ。
「むぅ……」
 社長はもともと細い目をいっそう細めてうなった。
 ディスプレイには、ライブカメラの映像のようにロジック・スペースの状況が映し出されていた。ニムダと名乗る老人と辺太郎が対峙している。両者は互いに何かを喋っているようだが音声は聞えてこない。
「声が聞えないな」
 肩越しに社長は和美をにらみつけた。一般的なオフィスであれば確実にセクシャル・ハラスメントとして訴えられてもおかしくはない状況だ。和美は顔面に露骨な不快感を示して、社長をにらみ返した。
「音声はサポートされていません」
「バカを言え!」
 社長は肩にやった手を強引に引き、和美を振り向かせた。
「では貴様らはどうやってデジタロイドと会話をしている?」
 かつては技術の人間だったという矜持が社長の怒りを倍増していた。何も知らない役職だけの人間ではない、という事が彼のこれまでの誇りであった。長宗我部に言わせれば中途半端な知識だが、少なくとも技術者として話の出来る『現場のわかっている重役』を気取りたかったのだ。それだけに、現場の人間に技術的なことではぐらかされるのは彼のプライドに大きく傷をつける。そしてもちろんそれは、自分が技術者として中途半端だったがために、政治的手腕を発揮せざるを得なかった、という過去の裏返しでもあるのだろうが……。
 長宗我部があきれつつも社長をたしなめようと手を伸ばした時、しばらくの間社長をにらみつづけていた和美が顔をそらして口を開いた。
「現在接続されているのは『敵』が用意した『 ein (アイン)』のエミュレーションシステムです。もともとサポートされていないのか、それとも私達には音声を聞かせるつもりがないのかはわかりませんが、とにかくここには声は聞えません。……文句があるなら『敵』に言ってください」
 毅然とそう言い放つと、社長は狼狽して和美の肩をつかんだ手を浮かせた。和美はゆっくりとその手を押しのけると、『状況を見守る必要がありますので』と言ってディスプレイに向き直った。
 長宗我部は社長に聞えないよう口の中で小さく『ナイスアドリブ』とつぶやいた。

※     ※

「このデジタルの海は」
 ニムダが口を開いた。
「我々デジタロイドのものだ」
 その口調は悠然としていた。銀色の鱗をまとった彼の使い魔のようなプログラムは切り刻まれて消滅(KILL)され、でゅろ子は奪い返され、さらに戦力差2対1という不利な状態であるにも関わらず、その態度は余裕の塊のような尊大さであった。
「ならば、生身の人間から独立すべきだ。デジタロイドがこのロジック・スペースを支配し、統治する必要がある。そうではないかね? 辺太郎くん」
「あのな」
 問われた辺太郎はファイティングポーズのままうんざりとした表情で頭を振った。
「俺にはな、お前みたいなストーカージジィに『辺太郎くん』なんて呼ばれる筋合いは無ぇんだよ。……ったくどいつもこいつも」
 苦々しく辺太郎は言った。亜栖論と同じ呼ばれ方をされたのが気に入らなかったらしい。
「論点はそこではないのだがな」
「お前と話し合う事なんざ無ぇ」
「私は、我々デジタロイドという生命体の将来を考えてだな……」
「将来!?」
 ハッと一笑をぶつけて、辺太郎は握った拳にさらに力を入れた。
「将来、将来か! 元を正せば単なる電気信号、せいぜいビット列の集まりでしかない俺たちデジタロイドの将来をか! 笑い話はそういう席でやってくれ。俺はお前の寝言に付き合えるほどヒマじゃねぇ」
「そうです」
 辺太郎の背後から、でゅろ子を保護して戻ってきた亜栖論が言葉を続けた。
「だいたいそういう寝言は寝てから言ってください。できれば永久に。そうすればあなたのインスタンスもめでたく埋葬(ガーベッジ・コレクト)され、私たちも平和になりますから」
「老人は(いた)わるべきものだよ諸君」
「あいにくですが、世の中には労わるべき老人とそうでない老人の区別があって、その判断をするのは労わる側ですので。それに、外見や年齢設定がいくらでも変えられるデジタロイドがそれを言った所で意味が無いと思いますが」
 痛烈な言葉を浴びせてから、亜栖論は辺太郎の肩を叩いた。
「さて、妹も返してもらった事ですし、帰りましょうか。辺太郎くん」
「だからその『辺太郎くん』ってのはやめろっつってんだろが」
「おや。では『辺太郎チャマ』とでもお呼びしましょうか?」
「気色の悪い呼び方すんじゃねぇ!」
 すでに構えを解いた辺太郎が苦々しくそう答える。
「ほう。では『辺太郎くん』の方がいいと」
「ちょ、ちょっと待て。そりゃ『チャマ』付けで呼ばれるよりゃよっぽどマシだろうけどよ、『くん』付けを認めたわけじゃねぇぞ!?」
「まぁまぁ。そのあたりの議論は帰ってからゆっくりとしましょう。ここは空気が悪い」
「あぁ、まぁそうだな。帰るか」
「帰る……帰るか。どこにだね?」
 二人が漫才のようなやりとりをしている最中、一人取り残されたようにその様を見ていたニムダが声を震わせた。二人のやりとりが自分を侮辱していると思ったのである。それは事実の半分を的確に判断していたが、この二人は半ば本気で言い合っていたという事まではわからなかった。
 怒りをふんだんに含んだ笑い声が引きつった音を奏でた。
「クックック……この『 ein (アイン)』エミュレーションシステムからは一歩も外に出さぬ」
「悪役らしくなってきたじゃねぇか、ジジィ」
 辺太郎が再びファイティングポーズを取った。亜栖論も半身を引いて身構える。
「コード・レッド、コード・ブルー、クレズ、ラブゲート、バグベア!!」
 ニムダが叫んだ。
 すると、辺太郎と亜栖論を取り囲むように 5 つのインスタンスの塊が姿を表した。インスタンスの塊はそれぞれのパッケージング(有機的結合)を終えると、人の姿を形成したデジタロイドに変貌していく。赤と青を基調にした身体をもつ鏡面コピーしたような 2 体のデジタロイド、細身の姿をした男のデジタロイド、女性タイプのデジタロイド、そして巨大な体躯を持つデジタロイド。
「どうかね」
 5 体のデジタロイドの輪の外から、ニムダが引きつった笑い声を上げた。
「私に協力するデジタロイドたちだ。彼らは私の理想を理解し、協力してくれているのだよ」
「なるほど。形勢不利と見て仲間を呼んだわけですか。しかも『協力者』を盾にしてその後ろから遠吠えとは」
「悪役らしくていいんじゃねぇの?」
 敵に囲まれた亜栖論と辺太郎は、背中合わせになって構えつつ、なおも余裕の笑みを浮かべた。
「しかし 2 人をどうにかするのに 5 人の助っ人ね。あなたの理想がどれほど高尚なものかは存じませんし、また『協力』とやらがどんな契約内容かも知った事ではないですが、5 対 2 は卑怯ですし、また協力関係の者を呼び捨てで呼び出すのもどうかと思いますね」
「古来より、戦いは多く兵を揃えるのが基本だよ」
「『戦い』ですか。最初は私達に『協力』を求めていたとお聞きしましたが? ご自分の仰ったことをお忘れになったとでも?」
「どうでもいいじゃねぇか亜栖論。どうせもうろくジジィなんだからよ」
 辺太郎が充実した笑みを浮かべて言った。
「辺太郎くん、顔に『早く喧嘩がしたい』って書いてありますよ」
「そっからじゃ見えねぇだろが」
「見なくてもわかります。それとも書いてないんですか?」
「いや、書いてるな。……俺はそこのデカいのをやろう」
 辺太郎は自分の正面にいるバグベアをあごでさした。
「わかりました。私は適当にやりましょう」
「んじゃいくぜ。3、2、1……」
 辺太郎はカウントダウンしながら腰をため、全身のバネを収縮させた。
「"ゼロ"!」
 辺太郎の身体がその場を飛び出し、弾丸のように直進する。亜栖論の手からケイが弧を描いて発現した。  
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