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Project Logical Dream Phase-2:epilogue.

【9】

 場が凍りついていた。
 『 ein 』に取り付いた他の研究員達も、ただならぬ気配を察知して長宗我部たちを見つめている。もともと『 ein 』が乗っ取られ、でゅろ子のインスタンス構築作業がニムダたちの手に渡ってから、彼らは当面行う作業も無く待機状態にあった。
「そういうことであれば、話は別だ」
 暫く唖然としていた十河は我に返ると、頭の中で状況をすばやく整理し、モニタの前に歩みでた。自分はもともとニムダ様と話をする為に研究所のあるフロアに降りてきたのであり、それが可能になったのであれば当初の目的を果たすだけだ。
 襟を正し、深く礼をする。
「ニムダ様、ご無沙汰しておりました」
 ……狂人だろうが何だろうが知った事か。
<元気そうでなによりだ>
 モニタの向こうのニムダは薄く笑って返した。
「このたびは私の部下や我が社の製品がとんだご無礼をはたらきまして、申し訳ございません。つきましては、すぐにニムダ様への反抗をやめさせ、その御意に従わせ……」
「ちょっと待て」
 長宗我部が割り込んで肩に手をかけた。
 十河は構わず続ける。
「ニムダ様の崇高なる目的の為、私とわが社一丸となり、微力を尽くさせて頂……」
「聞け、十河!」
 強引に肩を引いて十河を振り返らせ、長宗我部は怒鳴った。
「お前、今自分が何を言うてるかわかってるんか!?」
「わかっている!」
 十河は激昂し、長宗我部の胸を突き飛ばした。
 和美が小さく「ひっ」と悲鳴をあげる。
 突き飛ばされた長宗我部は 2、3 歩後退した後踏みとどまり、転倒を免れた。
「わかっている。もともとこの会社は秀……いや、ニムダ様のものだ。私がニムダ様に忠誠を誓った時からそうなっている。配下の者が主君に対して尽力するのは当然だ」
 長宗我部は握りこぶしを振るわせた。
「何がニムダや! 何が忠誠や!! 狂った秀介の言いなりになって、またあの腐った『沖田』を再興させる気か!?」
「そうだ」
 十河は言い放った。乱れた背広の肩を直し、再び襟を正す。
「『沖田』の復興、そして再び権威を取り戻す事が秀介様の御意だ。ならば私と私の会社はそれに従わなければならん」
「……」
「いや……従って当然のことだ。私は喜んで従うさ」
「おこぼれにあずかるからか」
「臣下とはそういうものだ」
(いぬ)め」
「誇りで財はなせないよ、広志」
「名前で呼ぶな。吐き気がする」
 そう吐き棄てると、長宗我部は和美のそばに歩み寄った。
「おい、出るぞ。端末だけ持っていけ」
「え!?」
 それまで情報量不足で困惑しつつ長宗我部と十河のやりとりを見守るしかなかった和美は、突然の指示に驚いた。
「このままここに居てもらちがあかん。もっと話のできる奴のところに行く。でゅろ子らの状況がわかるように端末だけは持っていけ。予備バッテリも全部」
 不安げに見上げる和美にまくし立てるように指示すると、長宗我部は振り向いて自分のデスクに向かおうとした。
「はい。……でも」
「説明は後でする。必ず」
「はい」
 和美は立ち上がり、同じく自分のデスクに向かった。電源が入ったままの携帯型の端末の液晶画面を閉じ、デスクの引出しから棒状の予備バッテリを3本取り出す。
 不安が無いわけではなかったが、長宗我部は信用できる。事情はわからないが、『 ein 』のそばで画面を見つめているだけでは状況は改善しない事ははっきりとわかった。  背後では、十河が画面に向かって何度も何度も頭を下げる動作を繰り返していた。
 悲しいまでの滑稽さだった。

※     ※

 研究所フロアを出ると、長宗我部は「地下の駐車場に出る」と言って足早に歩き始めた。その背中に和美も白衣をひるがえして続く。
 廊下を曲がり、下に続くエレベーター乗り込む。長宗我部が『B2』と書かれたボタンを押す。
 現在階数を示す LED が、64 階から急速にカウントダウンを始めた。
「……『沖田』という財閥がある」
 長宗我部は言いながら、小脇に抱えていたボストンバッグをエレベーターの床に下ろした。ズシリという重々しい音と、中のガチャリと鉄の擦れ合う音が同時に鳴った。
「20 世紀初頭の日露戦争あたりで財を成し、急速に成長して日本の実質的な支配者になった権力者の集団や。その支配は年号が変わって 21 世紀に至るまで続いていた……」
 床にしゃがんでボストンバッグのチャックを開ける。重くも軽くもある金属音が再び響き、……
 中から黒い鉄の塊がいくつか現れた。
 数丁の拳銃とライフル、そして自動小銃である。
 和美は息を呑んだ。
 長宗我部は構わず続けた。
「いや、今もその支配は続いている。体質が変わっただけでな。政界・財界を問わず沖田の支配は依然としてはびこっている。この国における何事も、沖田が『Yes』と言えば成され、沖田が『No』と言えば成されない。大きなものは総理大臣の首から、小さなものはアイスクリームの値段に至るまで」
 その中から拳銃を取り出し、手際よくカードリッジをセットする。よく見れば『COLT』という彫り文字のあたりがやや変色している。……使い込まれたものなのだ。
「沖田には『当主』と呼ばれる人間がいて一番の(かしら)となり、実権を握っている。当主は世襲制で、沖田の血を色濃く受け継ぐ者が代々君臨していた」
 片目を閉じて視線上に銃身を構え、照準を確認する。
「ところが今からちょうど 50 年前、その『血』が途絶えた。当主が子を成さなかったんや。いや、正確には子は居たんやけど、その子はまだ生まれて間もない女の子やった。……そこで沖田の『重鎮たち』の間で、その女の子を当主とするか、別の人間を当主として迎えるか、という議論になった。そしてそれはすぐに血みどろの権力争いへと発展し、それ以降 20 年以上もの間『沖田』の当主は不在のままになっとった。……実際には、臨時の当主として『裕一』という男が立ってる。これはさっき言った生まれたての女の子の従兄にあたる血筋なんやが……まぁ、『当主になった』って言うても、結局は実権を持たない傀儡として重鎮の一派に祭り上げられただけなんやけどな。病弱な男で、生まれてから死ぬまでの 35 年をほとんど床の上で過ごしただけやったそうや。……そして、彼を祭り上げた一派と、彼を認めない派閥との間で、本格的な争いが始まった」
 エレベーターのベルが鳴る。地下 2 階の駐車場フロアについたのだ。
「2018 年に裕一は死んだ。派閥争いは目的を変えて継続された。つまり、それまでの認める認めないの話やなく、完全に『誰を当主にするか』という争いにな。……そして 6 年後の 2024 年、ついに新しい当主が立った」
「……それがあの『ニムダ』……」
「正解」
 出来の良い部下を褒めた長宗我部はボストンバッグのファスナーを閉じ、拳銃を腰のズボンに挟ませた。
「『ニムダ』……沖田秀介は、当時華僑グループを配下に置くアジアの軍事産業グループの後ろ盾を得ていた。その頃沖田内部では、権力争いと不況の中で弱まっていた銀行系・不動産系・土木系派閥に代わり、軍事産業系の派閥が台頭してきとった。……そしてこの二つが手を結んだ。つまり、沖田の軍事産業系派閥は秀介を当主に迎える事を容認するかわりに莫大な資金を得、アジア軍事産業グループは秀介を介して沖田の支配者となる事で日本への支配の手を伸ばす。……まぁアホな結託やけど、とにかく秀介はそのアジア軍事産業グループが、沖田を支配するための傀儡として、当主の座につくことになった」
 ボストンバッグを背負い、長宗我部は歩き出した。
 深夜の駐車場フロアに二人の靴の音だけが響く。照明は煌々と灯っていた。しかし長宗我部が淡々と行う武装の用意と、あまりに唐突でスケールの大きい話に、和美は心細さを感じていた。
 しかし長宗我部は和美の心境を知ってか知らずか、足早に歩き話を続ける。
「ところが秀介はただの傀儡として当主の座にいるような奴やなかった。……いや、最初の『あいつ』はそもそも当主の座につくような人間やなかったんやけどな……」
 長宗我部の車まで、あと少しの距離まで近づいていた。
「……例のアジア軍事産業グループのやつらがあいつを利用し、薬を大量に使って従わせた結果、あいつは傀儡になる事を『選ばされた』。……つまり当主の座についた時点で、あいつはすでに狂ってたと言っていいかもしれん」
「聞いていいですか」
 それまで黙って聞いていた和美が口を開いた。
「なんでそこまでご存知なんですか?」
 あまりに多くの情報を伝えられた結果、和美の頭には混乱よりも先に疑惑が訪れた。
 紺色のセダンの運転席側と助手席側に分かれ、屋根の上で長宗我部と和美の視線が交錯する。
「詳しくは言えんが……」
 ややあって長宗我部は視線をそらした。
「秀介は……あいつは、死んだ友達の弟でな。よく、知ってるんや」
 和美は無言でその顔を見つめていた。
 そして無言のまま、助手席に乗り込んだ。
 和美が見たのは、視線を落とした、枯れた顔だった。  
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