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Project Logical Dream Phase-2:epilogue.

【7】

「貴様ら……」
 明らかにニムダとの接触をさせまいとしている長宗我部(ちょうそかべ)と和美の態度に、社長は額と地続きの頭頂部までを真っ赤にして憤慨した。それに対し、和美は背を向けてモニタを見つめ、長宗我部は冷ややかな一瞥を向けることで反応した。
「長宗我部! この恩知らずが!!」
 社長はのっしのっしと詰め寄りながらわめき、経年劣化によって曲がった腰をぐいと伸ばして長宗我部の顔面に指を向けた。それに対し、若い頃に身体を動かしていた結果経年劣化が最小限にとどまっている長宗我部は、腰を伸ばさなくても十分に高い位置から社長を見下ろしている。
「……俺は『ニムダ』に恩なんか感じてませんが」
「なんだと!?」
(なにそれ?)
 社長が目をむいて怒鳴り、和美が心の中で驚愕し、思わず長宗我部を見上げた。
 モニタを見つめながら耳だけ二人の会話に注意を払っていた和美にとって、長宗我部の言葉は意外だった。
 少なくとも和美は、長宗我部の下で働いてきたこれまでの中で、長宗我部がニムダとなんらかの関係を持っていた事は聞いていない。和美はニムダを初めて見たし、長宗我部もそうだろう、と思いこんでいた。
 しかしよく考えてみれば、長宗我部の行動には思い当たる部分がある。最初にニムダを見た時の反応は明らかに以前から知っているかのような態度だった。そしてその直後に社長が研究室に降りてくる事を予測している。
 ニムダが今回起こしたこの騒動を事前に関知していたわけではないが、ニムダ自身と社長との関係は知っている。そんなところだろう。
「あのなぁ、十河(そごう)
 状況の見えない和美をちらりと見たあと、長宗我部は敬語を使うことをやめて社長に語りかけた。和美はそれで社長の名が十河というのだと思い出した。
「確かに、お前があのとき潰れかかっていた A.M.D. を立て直したのはよぅ知ってる。それについては立派やと思うし、あの時お前ががんばってくれたおかげで、俺も女房と一緒に二度も路頭に迷わんでもよぅなった。それは恩に着てる」
(『二度も』?)
 話が読めない。二度とはなんだ。長宗我部はかつて路頭に迷ったことがあるということか。
 ここで和美はふと思い至った。そう言えば自分は長宗我部の過去を知らない。彼が A.M.D. における技術職員の古株であることや部下から厚い信頼を寄せられている事、そして現社長である十河と同期であるという事くらいだ。
 もともと長宗我部はあまり自分のことを語りたがらない。和美が知っている長宗我部のプライベートは、奥さんと非常に仲が良く、子供は居ないということくらいだ。
「せやけどな。……あの時、いくら会社を建て直す為とはいえ、俺はあの悪党と手を結ぶことに反対やった。せやのにお前は押し切った」
「悪党呼ばわりするか、ニムダ様をっ!?」
 十河社長はわめいた。
「あぁ。あいつは悪党や。……いや、悪党と言うより、狂人と言った方がええやろけどもな……」
 言って、長宗我部は目を細めた。眉をひそめ、哀れみに似た顔つきでモニタを見つめる。  双子(ツインズ)と対峙する路央と亜栖郎たちの向こうに、「協力者」たちに守られて彼らの闘いぶりを鑑賞しているニムダがいた。フードを脱いだその髪は豊かな髭と同じくライトグレーで、一目で老人とわかる風貌をしていた。……わざとらしいほどに。
「若造の姿では誰もついて来ない。年功序列の考えが深くはびこっとるこの日本で支配力を得るには、あぁやって威厳ある姿を見せなあかん。……せやけどな……」
 長宗我部の目つきが、微量の悲しみの光を含んだ。
「茶番は所詮、茶番でしかないんや……秀介(しゅうすけ)
 それがニムダの本当の名なのだと、和美は説明を必要とせず察した。
「貴様、しゅうす……いや、ニムダ様のなさる事を愚弄する気か!?」
「十河……」
 長宗我部が十河に向けた目は、哀れみの色すら沈殿していた。
「お前にもわかってるやろ。……ニムダ、いや沖田秀介はすでに狂人なんやと」
 長宗我部と十河との間に、沈黙が横たわった。それは無形の厚いベールがゆっくりとおろされていくように、時間をかけて沈殿していくようであった。
 しばらくうつむいていた十河は、肩をふるわせてつぶやいた。
「……それでも……」
 その接続詞は長宗我部の言葉を肯定していた。
「それでも、あの方は我々の(あるじ)だ。俺は主人に仕え、盲目的に従う以外に方法を知らん」
 口元をわななかせ、そこまで言った十河は長宗我部と目を合わせないように背を向けた。
 和美は思考回路に情報を整理するタスクを走らせた。ニムダは名を沖田秀介と言い、威厳を保つためにわざと老人の姿をしている。そして十河は過去の A.M.D. の危機、おそらく経営危機に際し、彼の協力を得る事でそれを乗り越えた。しかし長宗我部はそれに反対しており、沖田秀介を『狂人』と認識している。そして十河もそれを否定してはいない……。
 一つ気になることに思い当たり、和美は長宗我部を再度見上げた。
「あの」
「俺と沖田秀介との関係が気になるか、長尾?」
「……はい」
 背中を向けたまま和美に問いかけた長宗我部に対し、いったん発しようとしていた言葉を飲み込んでから、和美は慎重に返答した。
「後で話す。今はまだ早……」
 そのとき。
 『 ein 』の外部スピーカから声がした。
<しばらくぶりだな、十河>
 和美と長宗我部、そして十河が一斉に端末のモニタを振り返った。
「そんな……」
 あり得なかった。『こちら』から『あちら』に対する映像のインターフェースと、音声に関するインターフェースは、全て無効にしているのだ。にも関わらず、まるで彼はこちらの状況を最初から把握しているかのように、十河の名を呼んだのである。
 モニタの向こうではニムダが、勝ち誇りにも似た笑みを浮かべて、こちらを睨んでいたのである。
 
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